わたしとつながる、叡智とつながる

〜 目醒めのキャリア発信者・柏葉綾子のブログ

我はエゴにあらず

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わたしは、夢を叶えてエゴから目醒め始めたタイプでした。結局、自分が求めていたのはなんだったんだろう?と感じ始めたのです。
 
世の中には違う形でエゴからの目醒めを経験される方もいらっしゃいます。気づきはいつも、それぞれに必要な形でもたらされるのでしょう。
 
昨年12月のブログです。
  
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本当の自己を思い出す過程で

誰もが向き合わされる自分の内の自分

それが自我(エゴ)です

  

わたしの内のエゴは

いつも自分を安心させてくれる

確かな「何か」を求めます

     

人との関係性、賞賛、承認、所属できる場所

結果、目標、やりがい、達成感、資格、権威

形あるもの、とにかく間違いのない何か

      

エゴ自体が不安定で

実体を持たないペルソナ(仮面)なので 

 

自分を安心させるため、そして

自分は「生きている」と実感するために

 

どうしても形あるもの

目に見える確かなものを必要として

いるのです

       

ところが、ある時それらを手に入れても

まだ自分は満たされない 

 

何かが足りない、それは何なのだろう?

という思いがやってくるようになります

   

恋愛ではありませんが

遠くの目標を追いかけているうちが

自分は生きていると感じられる

充実した時であり

       

目標を手の内に抱いた時

実は、自分という存在は

何も変わっていないことに気がつくのです

        

いえ、表面的には変わっていると思います

仕事、パートナー、収入、資格、他にも色々

  

でも、どんな目標を手に入れても

それでエゴが確かな存在になることはなく

    

ある時、自分はひとときの夢を見ていたのだ

と、我に返る時が訪れます

 

  

わたしはある時

こんなに沢山の人生ゲームをやってまで 

わたしの内のエゴが求めていたものは

何だったのだろう?

 

と、思ったことがありました

  

次々と別の目標を追いかけたは良いものの

結局それで、本当にほしいものは

手に入らなかったわけで

     

早めに悟って穏やかな余生を送った方が

絶対楽に思えるのに

   

そうまでしてこの魂が経験したかったものは

一体、何だったのだろう?...と

  

 

そしたら答は

「愛を知りたかった」というものでした

無償の愛、それは

エゴのない純粋な波動のことです

 

エゴはどこかで

無私の波動(無償の愛)を求めている 

だから、それにふれると涙が出るのだ

     

でも、それって

「私」がのらないエネルギーのことだよね?

  

ふれれば「我」は消えてしまうと知りつつ

求めてやまないもの

    

それが愛でした

  

無償の愛に生きている時

そこにエゴはありません

    

私がやっているのだという感覚はなく

ただ自分の内を流れる

大いなるエネルギーの一部として

何かを体現している感じなのです

        

記憶もあやふやです

その時、真実と感じられたことを話し

後になって「そんなこといったかな?」

と感じたりします

 

ずっと自分は愛を求めていた

「我」は消えて

愛に還ることを求めていたのだと知った時

  

わたしには、自分(エゴ)そのものが

無償の愛の一部だったのだ、と

感じられるようになりました

     

我(エゴ)を動かしていたものが

無償の愛だったのです

       

我はエゴにあらず

それを動かすエネルギーであると

感じ始めた時

    

自我(エゴ)は真我(本当のわたし)に

道を譲り始めます 

   

求めてやまない

でも、ふれれば消えてしまうものへ

そっと我を明け渡し

道をつくってくれるのです

  

ありがとう

 

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