わたしとつながる、叡智とつながる

〜 目醒めのキャリア発信者・柏葉綾子のブログ

求める者

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役割について、これまでは ①自分本来の役割を知ることが大切 と書く一方で、②演じている役割を降りる とも書いてきた。
 
あなたの感じるこの二者の違いは何だろう?
(まずは内なる答を確認しよう)



二者については「求める者が違う」というのがわたしの理解だ。
これまではその場に相応しく、適切な役割を我々は演じてきた()。それを求めていたのは周囲の大人であると同時に、自分の安全な居場所を保持して、自己を承認してもらいたいというわたしの内の自我(エゴ)でもある。
周りを見て自分の立ち位置を決めるというのは、これまでのポジショニングの基本だった。
 
だが ①本来の役割 を求めてくるのは他人でも、エゴでもない。本当の自分、あなたの内の大いなる自己である。それは「役割」という形ではなく、どちらかというと「今、この場でなされること」という感覚としてやってくる。何も為さないことがこの場に最もふさわしい、と感じることもあるだろう。
  
そのシグナルを受けとって表現した結果、それが世間的に何らかの役割とマッチすることもあれば、そうでないこともある。①本来の役割 とは、世間的な職業というより、今、ここの全体性において、自己という存在が担うべき1ピースなのだ。
  
そのため、天職とは「目指すもの」「なるべきもの」というよりも、わたしが本当の自分を100%表現した結果「全体の内で自ずと担っていたピース」「自然とあてはまる職業」というのが、私の見解である。
前者は外の世界に何かを獲得しようとしているのに対し、後者はあくまで内なる自己の表現に徹している。ここに決定的な違いがある。
  
先日の音声配信で、自分の役割がカウンセラーから教師やメッセンジャーにシフトしているように感じる、と話したのは、わたしの内面的な話である。わたしの内なる自己の求めるものが進化しているのだ。
  
カウンセラーの役では「無為」を求められることが多かった。言葉より在り方が多くを語るからだろうか。時にそれが内奥まで深まると、何も発信しなくなることもあった。そんな時は、何をしても、蛇足に感じられてしまうのである。

だが最近、その「無為」の上に言葉という積み木を重ねたいと感じるようになった。以前、ある方にもお話したことがあるが、時々自分を積み木で遊んでいる子供のように感じる。自己の本質の最も深い部分にかえっていこうとすると、この世界では、せっかく積み上げた積み木を時にゼロからつくりなおさなくてはならないからだ。

自分と対話して本音と一致する方向を選ぶ、というと単に感覚的に動けば良いのだ、と思われる方も多い。確かに本当の自分からのシグナルは、思考よりも感覚で来る。だが同時に「己の最も深い部分と一致して動く」には自己の内側がそれなりに整理されている必要がある。自分の闇から逃げず、内面的に統合していく努力は必要である。

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