わたしとつながる、叡智とつながる

〜 目醒めのキャリア発信者・柏葉綾子のブログ

そうか、そうしたいんだね

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先日ある修了生から頂いたメールに「どうすればいいかはわかっています。でも、それに素直に従えないわたしがいます」という一文があって、思わず苦笑してしまった。同じようなことをわたしもよく体験しているからである。
やってきた直観や内的啓示を雑念かな?と振り払ってしまったり、気がつくと自分の言動をあれこれ分析したがる、つまり思考のコントロール下におきたがるエゴが元気に活動している。そんな自分に気がついた時は「ああ、そうしたいんだね」と眺めることにしている。自分の思うようにならない部分を「思い通りにコントロールしよう」と思ってもそれは土台無理な話で、何かをコントロールしようと思った時点で却ってエゴを強めてしまい、自分に何かを強制することになりかねない。
まさに力でもって力を制す、といった感じだろうか。
 
自分と内的に一致する、あるいは今ここにくつろぐ、といった感覚が体感的につかめるようになってくると、本質としての内なる自己は、実は何も否定していないことに気がつくだろう。そこには、無条件の愛(受け入れ)のエネルギーしかない。

困った自分がでてきたら「そうか、そうしたいんだね」とやんわりと受け入れてあげてはどうだろうか。抑圧すれば相手は暴走するが、受け入れればそんなに悪さはしない。子供のようなものだと感じる。
やがて気がすむまで自分を主張したエゴは静かに去っていくだろう。人によっては十分にそのエゴ(あるいはリトルミー)と時間を過ごした後、それがエネルギー的に解体されていくのを感じるかもしれない。ずっとそこに残っていた自分の内の残留思念が、思いを果たして天に返って行ったのである。
 
エゴの強さというのは、小さい頃自分の言い分を聴いてもらえなかった回数や、何かを我慢させてきた度合いに関係しているようにも感じる。自分の内には、甘えきれなかった子供のような存在がいるのである。人によってはそれを家庭環境のせいにしたいと感じることもあるかもしれない。それも悪くはないが、過去に囚われたままの虚しさが残るだろう。だが、自分で迎え入れてあげることができれば、その人は自らの力で自分を深く癒し生まれ変わっていくだろう。
 
わたしとしては、時々いただくメールに自分と向き合った結果気がついた自分の弱さが綴られていると、とても安心してしまう。自分はまだ、こんなことにつまずいている。こんなに弱かった、と感じることもあるかもしれない。だが、少なくともあなたは、それを受け入れる器の大きさを手に入れた。そこまで進化したのである。
 
弱さに無条件のYESを出せるようになった時、わたしたちは間違いなく真実の自己(内なる無条件の愛)と一致している。


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