わたしとつながる、叡智とつながる

〜 目醒めのキャリア発信者・柏葉綾子のブログ

ベートーヴェン2

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わたしの個人的な所感です。
 
自己と内的につながりつくられた作品というものは、最初から全てが完成されています。モーツァルトやメンデルスゾーンの作品にはそうしたものが多いように感じます。
 
おろされた作品は、完成形を一瞬のインスピレーションで受けとっているので、譜面に書き起こした時、つけたされた感じがどこにもないのです。モーツァルトが速筆だったといわれているのはそのためではないでしょうか。注:カルテット「ハイドンセット」はちょっと考えた印象を受けますが...
  
マインド(思考)で創作されたように感じる作品は、スコアを読んだ時、ここの部分は後から付け足したのかな、といった所感をおぼえることがあります。マインド(思考)はいつも足し算思考だからです。
  
ベートーヴェンの作品を特殊に感じたのは、個人的自我と内なる自己のエネルギーが融合してつくられた感があるからです。
インスピレーションでおろされた作品というのは、ある意味個人の意向を外してつくられています。インスピレーションはマインド(思考)をオフにした時、初めて受けとれるもので、それはちょうど無の空間にさっと光が差し込むような感じなのです。その一瞬の光に全ての情報が含まれています。そして受けとった後、そこに個人の意向を加えてしまうと、その完成形を台無しにしてしまうので、それは無私の心で表現された時もっとも美しい形となります。
  
しかしベートーヴェンの作品は、おそらく個人自らが内的に、神なるもののエネルギー(ゴットセルフ)とつながろうとした結果、生まれた作品のように感じます。そのことに難聴だったことが関係しているのかどうかはわかりませんが、たぶん無関係でもないのではないでしょうか。
 
個人としての自分の全てを、内なる自己のエネルギーの通り道(神の器)として意図的に捧げているように感じるのです。彼の作品は2つの要素が統合されていて、内向的なのに外向的なのです。そのためか、他の作曲家の作品と違って、地を轟かすようなグラウンディングのエネルギーを非常に強く感じます。
 
7つのチャクラ、および自己とつながる7つのステージにおいては、基本的に1〜3は個人のエネルギー、つまり個人としての器を完成させていくステージです。4は個人と内なる自己の橋渡し役を担い、5〜7はより高次の自己のエネルギーを稼働させていくポイントとなります。
 
モーツァルトのおろされた作品は、ステージ4〜7に共鳴する印象があります。崇高で別世界の美しさを感じるというのでしょうか。
ですが、ベートーヴェンの7つのエネルギーを融合してつくられた作品は、高次の自己の圧倒的なエネルギーを地上におろしたパワフルさがあります。理想を理想のままに終わらせず、それを地上で体現し道を切り開いていくような縦軸の力が宿っているように感じるのです。
   
自分と一致する時間が深まると、ステージ1〜3においても高次の自己のエネルギーを発動させることができるようになります。そして、これからの時代のわたしたちの生き方は、ある意味ベートーヴェンの作品のようなエネルギーの使い方をすることになるのでしょう。
 
わたしは大学生の時にチェロを始めたのですが、当時所属していたオーケストラはベートーヴェンをよく演奏するところでした。その時に「ベートーヴェンの低弦(低音の弦楽器)は〜」と奏法についての色々を聞いたのですが、今ならその理由が何となくわかる気がします。他の作品よりグラウンディングの力が強いので、低音域は非常にパワフルであった方がベートーヴェン作品本来の力が発揮されるのでしょう。
  
チェロはグラウンディングの楽器なのですね。そういえば昔、高い音域ほど地球の中心までず〜んと踏み込むように演奏してごらん、といわれたことがありました。当時のチェロの先生はその本質を理解されていたのだな、と思い返されるこの頃です。


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