わたしとつながる、叡智とつながる

〜 目醒めのキャリア発信者・柏葉綾子のブログ

人はもっと自分を知ることに時間をかけていい

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もしも自分の人生が今の人生だけではなかったのだとしたら...ジョハリの窓でいう自分の知っている自分なんてたかが知れているのだと思います。
 
わたしたちは、もっともっと真実の自己を知ることに時間をかけていいのではないでしょうか? 物質的満足を追い求める時代が終わった今、なおのことそのように感じています。物質では満たされない真の精神的充足を求め始めた時、わたしたちの多くは、真実の自己を知る旅を歩み始めるからです。
  
やりたいことをやりきれずに終わった人生、その後悔が今世わたしをドイツに連れてきたのだとしたら、なおのこと、与えられた時間を大切に使いたいと感じるようになり、今朝「真実の自己を生きるためのマイルール」というものを書き留めていました。
 
形の上でルールに縛られる必要はありませんが、自分が今、本質的に「大切にしたい」と感じることを書き留めておくことで、深い眠りの内あまりに散漫な人生を過ごすことを、少しは避けられるのではないかと感じたからです。
 
その中の1つに「何をやるにしても、やる前に自己の求めるものが明確であること」というベクトルが加わりました。
長年心の奥底にかかっていた霧が少しずつ晴れてきたような感じなのですが、目に見えないレベルで求めているものが不明確な内は、目に見えるレベルで何をやったとしても、本当に求めるものを手に入れることは不可能なのです。

「自分は本当は何を求めているのか?」
わたしたちはそれを知ることにもっともっと、時間をかけて良いのだと思います。求めるものが明確になって初めて、人はそのために1つ1つ努力を積み重ねることができるのですから。求めるものが本物であれば決して迷わないのであり、不明確だから迷妄の世界を生きられるのです。
決して答を急がないこと。自分を知ることに深く深く時間をかけるのです。本当に自分を知りたいのなら、魂の奥底まで照らしだす意識の力を育てるのです。

今の人生を形のレベルでいくばくか良くしたいから、あるいは目先の苦しみから逃れたいからと、わたしたちはずいぶん短絡的な「やりたいこと探し」「天職探し」をしてきたように思います。
でも、あなたが心の底から求めていたものは、本当にそんな形だけのものなのでしょうか。これさえ手に入れば満たされる、というのは本当ですか。自分とは本来、そんなに小さく浅はかな存在だったのでしょうか。
 
わたしたちは本当は、自分が何者なのかを知りたかったのではないのでしょうか?
そのために、ただ今世、自分のやるべきことを探しているのではないのでしょうか?
  
人生を自分の望む方角に歩み始めてからも、自分を知る道のりはつづくのです。わたしたちは全てをそのために、真実の自己を知るためにそれをやっているのですから。

あらゆるジャッジメントを外して自己を見つめる力を育てなければ、本当に求めるものはわかりません。嫌なこと、望まないこと、できれば経験したくなかった痛み、その全てが本当の望みを知るためのコントラストとして存在しているのに、深い深い眠りを生きるわたしたちは、いつの間にかそうしたものに圧倒されてしまい、どんどん本質から遠ざかってしまったのですね。
 
あらゆることを通して自分という存在を学び、愛して、本当に求めるものを知るためにこの人生は存在している。
だったらもう、これ以上安っぽい生き方はやめよう、と感じた今朝でした。


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