わたしとつながる、叡智とつながる

〜 目醒めのキャリア発信者・柏葉綾子のブログ

「やりたいこと」と「やるべきこと」は同じこと

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 「やりたいこと」と「やるべきこと」というのは、本来は同じことだったのですね。
ということに気がつきました。
 
内なる自己の「やりたいこと」は、わたし個人が「今、やるべきこと」。
そして自分が全体性において「やるべきこと」を知りたい時は、わたし個人が「今、やりたいこと」をやれば良い。
(今、ここにおける心地良さを選択すると、自分とつながることができるから)

全く同じことをエゴの視点から語るか、内なる自己の視点から語るかでその表現は全く変わってきます。
  
以前、ホリエモンや西野さんみたいな人は、たぶん「自分が本当にやりたいことしかやっていないと思う」「でも、本当にやりたいことをやるためにやるべきことは、めっちゃやってる気がする」という話をしていたのですが、自分とつながっている人はココがリンクしているんじゃないかな?
 
「やりたいこと」と「やるべきこと」がこれまでは別々のもの、と認識されていたのは、わたしたちの内側でハートの声と思考の声が分離していたからです。
自己統合されていなかった。

で、往々にしてやるべきこと=思考の声のボリュームが、やりたいこと=感性というハートの声より大きい人が多かったので、思考の声にがんじがらめになって自分を見失う人が続出し、そのしがらみを解き放つために、一時期「やりたいことをやろう」ブームがあったのではないでしょうか。
 
ただ「やりたいことをやろう」も少し言葉が一人歩きしていた感はあって、本当にやりたいことって、肉体の五感を刺激する物理次元レベルのやりたいことよりも、もっと意識の深い層にあるんです。
 
心地よさを選択することは、自分とつながるために大切なことなので、五感を楽しませるやりたいことも人生には必要な要素です。
ただ、ある時人は、それでは飽き足らなくなる時が訪れます。そんな時、わたしたちの内面には「世間的にはほしいもの、必要なものは全て与えられているのに、なぜかその幸せを心から楽しむことができない」といった虚しさが去来するのです。
 
これは魂レベルの目醒めの兆候で、この先のステージに進み、本当にやりたいことを思い出していくには、ハートを開いて、社会に適応するためにこれまでは封じ込めていた自分本来の感性を取り戻していくことが大切になってきます。
自分の内側に抑圧してきたネガティブな感情をリリースしながら、自己統合を進め、自分と対話することで自己の最も深い本音に目醒めていくのです。
(このあたりはこちらのページに詳しく書いてます)
  
自分の内側で起きることは同時に外側で起きること。
自己統合が進み、本音とつながることを思い出した時、あなたの「やりたいこと」と「やるべきこと」も、やがて統合されていくようになるのでしょう。
その時、ハートを閉じたままで求めていた今までの「やりたいこと」は、間違いではなかったが、内奥の空虚感をうめるための代用品に過ぎなかったとに気がつくようになります。だからいつまでたっても心が満たされなかったのだ、と。

「やりたいこと」と「やるべきこと」がどちらか片方に偏っているうちは、人は「繊細な気分屋」か「情熱を見失った計算高い人」のどちらかに傾いてしまうのだと思います。自らの感情に振り回されて生きるか、思考に振り回されて生きるか、どちらにしても本来のあなたは、内なる自我(エゴ)の殻に閉じ込められてしまうのです。
  
そして、意識のリンク先を自我という低次の自己から高次の自己へシフトさせていくことが目醒めていくことなので、目醒めていけばいくほど、わたしたちの意識は研ぎ澄まされ、そもそも自分自身が道であったと気づけるようになるのでしょう。
 
 
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