わたしとつながる、叡智とつながる

〜 目醒めのキャリア発信者・柏葉綾子のブログ

現実は、そもそも頑張るものではない

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「がんばってね」という言葉を使わなくなって久しいですが、現実はそもそも頑張るものではなかったようです。
ここは自己(セルフ)が現実創造して遊ぶ場所なので、今、内なる自己がどうしたいのか?に沿って行動すれば、それ(セルフの創りたい現実を創るため)に必要なものはちゃんと映し出されていくようです。
頑張る必要があるのは、すでに創られた現実を変えようとしている時か、うっかり我を張って個人の思い通りに動かそうとしている時ですね。
 
自分とつながっている時によく映しだされる現象として、わたしの場合、時計がゾロ目だったり、ホームについた途端電車が来る、というのがあるのですが(アリスみたいだ)、冷静に考えてみたら当たり前のことでした。

というより、本来は現実からやってきている情報よりも、内なる自己からやってきている情報の方が遥かに多い。それが時間差で、自分の現実に映し出されているのです。
  
だから現実に映る前に深層意識から降りてきている情報をキャッチしてホームに向かえば、その先の道はちゃんと整えられている、それは帰宅の道のりでも、人生の道のりだったとしても、という話でした。
 
もちろん、中にはコロナのようにみんなで映し出している現実、というのもあります。
 
また、今日アイスクリーム屋さんの前でDさんにお会いしたのですが、わたしの意識がアイスクリーム屋さんにフォーカスして、アイスクリーム屋さんを映し出している時、彼女の意識もアイスクリーム屋さんにフォーカスしていたら、わたしたちがその近くで出会う、という展開は自然と起こります。
この場合、わたしの意識が意図して映し出したものはアイスクリーム屋さんで、アイスクリーム屋さんの前にDさんがいる、という現実は、意図をせずとも起こってくる現実のようです。
  
いわばこの世界自体が、わたしたちみんなの共同創造なので、全部が全部変えられる、というわけではないんですよね。

というか、そろそろスピリチュアルは科学である、ということを理解しないと、わたしたちはこのゲームをクリアできないところにきているじゃなかろうか、と先日こちらの動画を見ていて思いました。